日産の高級車ブランドであるインフィニティが、かつて世界を驚かせた一台のSUVがありました。その名は「クラーザ」。今から20年以上も前に発表された車でありながら、3列シートすべてに専用のドアを設けた「6ドア・パッケージング」という衝撃的なスタイルは、今なお車好きの間で語り草となっています。
インフィニティ・クラーザは、2005年の発表当時から現在に至るまでコンセプトカーとしての展示のみに留まっており、日本を含め世界中で一度も市販化されていません。なぜこれほどまでに利便性を追求した独創的なモデルが、私たちの生活に届くことなく幻となってしまったのか。当時の開発思想や驚きのスペック、そしてもし売り出されていたらどれほどの価値がついたのか、調べてわかった背景を詳しく紐解いていきます。
インフィニティ・クラーザは日本で今も買える?
この車が実際に日本の街中を走れるのか、あるいは中古車としてどこかに眠っているのではないかと期待する人もいるはずです。結論を先に言うと、クラーザという車は私たちの手元に届く段階まで来ていない、あくまで未来のビジョンを示すための存在でした。
コンセプトカーなので市販化されていない
インフィニティ・クラーザは2005年のデトロイトモーターショーで華々しくデビューを飾りましたが、日産はこの車を「市販を前提としたプロトタイプ」ではなく、ブランドの方向性を示す「コンセプトカー」として定義していました。つまり、最初からカタログに載せて販売する計画はなかったわけです。自動車メーカーは時折、既存の常識を打ち破るような突飛なアイデアを形にした車を発表しますが、クラーザもその系譜に連なる一台。発表からかなりの年月が経過していますが、今日まで市販化に向けた具体的な動きは一度も確認されていません。
日産の北米戦略における「ラグジュアリーSUVの新しい提案」という役割を果たした後は、イベントでの展示用として保管されるのみとなりました。実際のところ、これほど複雑なドア構造を持つ車を量産ラインに乗せるには、莫大な設備投資と設計の見直しが求められます。当時はSUVブームの真っ只中でしたが、日産はクラーザをそのまま売るよりも、そのエッセンスを後のQXシリーズなどに引き継がせる道を選んだと言えます。期待を込めてディーラーへ足を運んでも、残念ながらその姿を注文書に書き込むことはできません。
この車が市販されなかったのは、単に時期が悪かったという話ではなく、あくまで「実験的な試み」であったという側面が強いです。世界に一台、あるいは数台しか存在しないプロトタイプを一般人が購入して公道で走らせるチャンスは、今のところゼロに近いのが現実。コンセプトカーは耐久性や安全性のテストを市販車レベルでクリアしているわけではないため、メーカーが手放すこともまず考えられません。まさに、写真や映像の中でしか出会えない幻のモデル。
中古車市場や並行輸入でも見つからない
日本で「インフィニティ」の車を手に入れる場合、通常は海外で市販されているモデルを並行輸入車として購入するのが一般的なルートです。しかし、クラーザに関しては世界中のどこにも「市販モデル」が存在しないため、並行輸入しようにもベースとなる車両が市場に一台も出ていません。アメリカの中古車サイトや、特殊な車両を扱うオークションサイトをどれだけ調べても、クラーザの販売情報が見つかることはありませんでした。もちろん、日本国内の中古車販売店で在庫されているということも100%あり得ない話です。
もし仮に、誰かがこのコンセプトカーを日産から譲り受けたとしても、それを日本に持ち込んで登録するのは至難の業。並行輸入車を日本の公道で走らせるには、排ガス検査やブレーキ性能の証明など、膨大なハードルを越えなければなりません。一台限りのコンセプトカーに対して、それらの証明書類を揃えるのは現実的ではなく、多額の費用をかけても許可が下りない可能性が高いです。クラーザに似た車を街で見かけたとしたら、それは現行のQX80などをフルカスタムした車両である可能性が高いでしょう。
意外なのは、これほど有名なモデルでありながら「クラーザ仕様のレプリカ」すらも世に出回っていない点です。6枚のドアという構造自体が特殊すぎて、個人のカスタムショップで再現するにはあまりにハードルが高すぎるのかもしれません。つまり、クラーザという名前の車を日本で所有する手段は、現時点では物理的に封じられている状態。こればかりは、当時の日産が英断を下して市販化に踏み切ってくれるのを過去に遡って願うほかありません。
公道を走るための法規を満たしていない
コンセプトカーというものは、デザイナーの自由な発想を最優先で作られるため、市販車に課せられる厳しい安全基準や道路法規をクリアしていないことがほとんどです。クラーザも例に漏れず、あの巨大な24インチホイールや、ピラーのない開放的なドア構造などは、衝突安全性の観点から見れば市販化への大きな壁となります。日本の保安基準に照らし合わせても、サイドインパクト(横方向からの衝突)に対する強度が足りていないと判断されれば、そもそも車検を通すことすらできません。
| 車両の法規上の懸念点 | 理由と影響 |
| ボディ剛性の確保 | センターピラーがないため、横転や側面衝突に弱い可能性がある |
| タイヤの突出 | 24インチの巨大なホイールがフェンダーからはみ出す恐れがある |
| 灯火類のデザイン | コンセプト特有のLED配置が、当時の基準に適合しない場合がある |
また、全長が5メートルを超え、全幅が2メートルに迫る巨体は、日本の狭い道路事情では「特殊車両」に近い扱いになります。特に6枚のドアを全開にするには相当な横幅のスペースが必要で、一般的なコインパーキングや自宅のガレージではドアを開けることすらままならないでしょう。法規をクリアするためにドアの開き方やボディサイズを変更してしまえば、それはもうクラーザではなくなってしまいます。美しさと実用性を両立させようとした結果、公道という戦場には出られなかったわけです。
正直なところ、この車を無理やり日本の公道仕様に改造しようとしても、その過程でクラーザ本来の魅力である「デザインの純粋さ」が損なわれてしまうのは目に見えています。コンセプトカーは、制限のない自由な世界で輝くからこそ価値があるもの。今の私たちができるのは、この車が示した「3列目シートの快適性」という課題を、最新のSUVがどう解決しているのかをチェックすることくらいかもしれません。
3列すべてに専用のドアを設けた6ドアの意図
クラーザが今もなお語り継がれる最大の理由は、なんといってもそのドアの枚数にあります。一般的なSUVが前後2枚ずつの4ドアであるのに対し、この車は3列目シートの乗員のためだけに独立したドアを用意しました。
3列目の乗り降りを劇的に変える設計
3列シートのSUVに乗ったことがある人なら、最後列への乗り降りがどれほど面倒かを知っているはずです。2列目シートをバタンと倒し、狭い隙間に体を滑り込ませるあの動作は、お世辞にも優雅とは言えません。クラーザの「6ドア・パッケージング」は、そんなSUVの宿命とも言える弱点を、物理的なドアの増設という力技で解決しようとしました。3列目の乗員が、1列目や2列目と同じように自分のドアから直接、誰の手も借りずに外に出られる。この発想は非常に贅沢で、合理的。
実際にこの設計を目の当たりにすると、3列目シートが「予備の席」ではなく、しっかりとした「特等席」として扱われていることがわかります。これまでのSUVが、多人数乗車のために仕方がなく最後列を作っていたのに対し、クラーザはすべての乗員に対して平等なアクセス権を与えたわけです。これなら、冠婚葬祭などのフォーマルな場面で正装をしていても、服をシワにすることなく3列目に収まることができます。日産は、SUVにミニバンのような利便性と、リムジンのような気品を同時に持たせようとしたのだと感じます。
気づかされるのは、この6ドアという選択が、単なる奇をてらった演出ではなかったという点。日産は「ラグジュアリーとは何か」を突き詰めた結果、スムーズな移動こそが究極のおもてなしであるという答えに辿り着いたのではないでしょうか。3列目のドアを開けた瞬間に広がる景色は、これまでのどの車とも違う開放感に満ち溢れています。もしこれが市販されていたら、大家族の移動スタイルは今とは全く違うものになっていたに違いありません。
真ん中のドアが観音開きになる
6枚のドアがすべて同じ方向に開くのではなく、2列目と3列目のドアが左右に広がる「観音開き」を採用している点がクラーザの心憎いところです。これにより、車体中央に広大な開口部が出現し、まるで家の玄関から入るような感覚で車内にアクセスできるようになっています。ドアを開けた状態を横から見ると、車の中というよりは豪華なラウンジがそこにあるかのような錯覚に陥ります。このドラマチックな開き方こそが、クラーザをクラーザたらしめている重要な要素。
観音開きのメリットは、足元を邪魔する柱がないため、足の不自由な方や高齢の方でも楽に腰掛けられる点にあります。また、大きな荷物を積み込む時にも、この広大な開口部は大きな武器になります。見た目のインパクトだけでなく、実際に「使いやすさ」を追求した結果の観音開き。ただ、これだけ大きなドアが反対方向に開くとなると、ヒンジ(蝶番)にかかる負担は相当なものになります。市販化されなかった裏側には、こうした複雑な機構を長期間トラブルなく維持することの難しさもあったのでしょう。
隣り合うドアのハンドルを一つのユニットにまとめ、視覚的にスッキリ見せているのもデザイナーのこだわりを感じます。パッと見ただけでは6枚もドアがあるようには見えない、計算されたシルエット。それでいて、いざとなれば観音開きのドアが観衆の目を引きつける。このギャップに、当時のインフィニティが持っていた遊び心と自信が表れています。実際に開閉する様子を見てみると、その滑らかな動きに魅了される。
ピラーをなくして開放感を出した車内
クラーザの内装に入って驚くのは、外から見た以上の開放感です。通常、ドアとドアの間には車体の強度を支える「ピラー」という柱がありますが、この車はその柱を取り払うことで、1列目から3列目までが連続した一つの空間として繋がっています。これにより、座席に座った時の圧迫感が一切なく、まるでガラス張りの展望台に座っているかのような不思議な感覚を味わえます。外の世界と繋がっているようなこの広がりは、ピラーレス構造ならではの特権と言えるでしょう。
もちろん、柱がないということは、それだけ屋根や床の構造を強化しなければなりません。クラーザはフレーム部分に強靭な素材を使うことで、この開放感を実現していました。しかし、実際の公道で万が一の衝突事故が起きた場合、この構造で乗員を守りきれるかというと、現在の厳しい基準ではかなり厳しい戦いになります。コンセプトカーだからこそ実現できた、夢のようなパッケージング。それでも、この車が示した「車内を一つの部屋として捉える」という考え方は、現代の自動運転車などの内装デザインにも通じるものがあります。
天井に目を向けると、後述する大型のガラスルーフがさらに広がりを演出しています。横も上も遮るものがほとんどない空間。これほど贅沢な移動体験ができる車は、後にも先にもクラーザ以外に思い当たりません。3列目シートに座りながら、横の大きなドア窓から流れる景色を眺めるのは、きっと格別な時間になるはずです。実用性を超えたところにある、心の豊かさを形にしたような車内。
贅沢な内装とV8エンジンが生み出すパワー
インフィニティ・クラーザは、見た目の奇抜さだけを売りにした車ではありませんでした。その中身には、当時の日産が持てる最高の技術と、ラグジュアリーの象徴としての強力な心臓部が収められています。
16対9の大型モニターを天井に備える
現代のミニバンでは当たり前となったフリップダウンモニターですが、クラーザは20年前にすでにその究極の形を提案していました。天井の中央、1列目から3列目のすべての乗員が最適な角度で見られる位置に、16対9のワイドな大型液晶モニターを設置。しかも、単に映像を流すだけでなく、当時の最先端の通信技術と連携する構想でした。3列目シートがシアターのような配置(スタジアムシート)になっているため、どの席に座っても視界が遮られることなく映像を楽しめるようになっています。
| 内装の豪華装備 | 特徴 |
| 天吊り大型モニター | 16:9のワイド比率で、全席から視聴可能 |
| スタジアムシート | 3列目に向かって着座位置が高くなるレイアウト |
| センターコンソール | 1列目から3列目まで貫通する一体型デザイン |
このモニターの存在は、車内を「移動のための空間」から「楽しむための空間」へと変えるための明確な意志の表れ。当時、これほど大きなモニターを車載するのは非常に贅沢なこと。今の時代なら12.3インチ以上の画面は珍しくありませんが、クラーザのそれはサイズだけでなく、設置場所や見せ方のこだわりが別格。後部座席に座った家族や友人が、退屈することなく目的地まで映画やライブ映像を楽しめる。そんな光景を日産は描いていたわけです。
正直、今の基準で見てもこのレイアウトは非常に合理的で、真似してほしいと感じる部分。特に、3列目からも前のモニターがよく見えるというのは、長距離移動のストレスを劇的に軽減してくれます。クラーザが単なる「ドアが多い車」ではなく、「乗員全員の満足度を追求した車」であったことが、このモニターひとつとってもよくわかります。
自然の光を取り込むガラスルーフ
クラーザの開放感を支えるもう一つの主役が、屋根の大部分を覆う巨大なガラスルーフ。ただのサンルーフではなく、複数のガラスパネルを組み合わせることで、どの席に座っていても空を見上げることができる贅沢な作り。これにより、室内には常に自然光が降り注ぎ、明るく清潔感のある雰囲気が保たれています。ピラーレスのサイドウィンドウと相まって、もはや車の中にいるというよりは、ガラスのドームの中にいるかのような感覚になります。
光だけでなく、デザインとしてのアクセントにもなっています。外から見ると、ボディカラーと対照的な黒いガラスのラインが美しく、未来的な印象をさらに強めています。日産は「光の演出」が人の心に与える影響を熟知しており、それをこの巨大なSUVに惜しみなく注ぎ込んだ。ただ、これだけガラス面積が大きいと、夏場の車内温度の上昇が気になるところ。当時の技術でどれほどの遮熱性能があったのかは未知数ですが、贅沢には代償がつきもの、という考え方。
気づかされるのは、このガラスルーフが3列目シートの「孤独感」を完全に消し去っている点。通常、3列目は窓が小さく暗くなりがちですが、クラーザなら頭上から光が差し込み、横の専用ドアからも外が見える。これなら、一番後ろに座るのが楽しみになる。そんな「座席選びの喧嘩」が起きないような配慮が、このガラスルーフには込められているように感じます。
ベース車QX56譲りのV8エンジン
このエレガントな見た目の下に隠されていたのは、北米で人気のフルサイズSUV「インフィニティ・QX56(当時)」譲りの強靭なパワートレインです。排気量5.6リットルのV型8気筒エンジンを搭載。このエンジンは、重い車体を軽々と加速させる強大なトルクと、V8特有の重厚なビートを刻みます。クラーザは単なる「お座敷」ではなく、大陸を横断できるほどのパワーと信頼性を備えた「アスリート」としての側面も持っていました。
駆動方式は当然ながら四輪駆動(4WD)。24インチという巨大なタイヤを駆動させるには、このクラスのエンジンでなければ務まりません。実際に走らせる場面を想像すると、巨体が静かに、しかし力強く滑り出す様が目に浮かびます。ハイブリッドやEVが主流の現代から見れば「燃費なんて二の次」という時代の産物ですが、その分、エンジンの鼓動を全身で感じる贅沢さは格別。
意外なのは、これほどスポーティな外観でありながら、中身は非常にタフな本格SUVのメカニズムを流用していた点。つまり、見掛け倒しのコンセプトカーではなく、その気になれば今すぐ砂漠でも草原でも走れそうなほど実力を秘めていたわけです。高級感あふれる内装と、泥臭いまでのパワフルなエンジン。このギャップこそが、クラーザが持つ「究極の自由」を象徴しています。
6ドア・パッケージングの評価が分かれる3つの点
これほどまでに独創的で魅力的なクラーザですが、ネットや専門家の間では手放しで賞賛されているわけではありません。むしろ、その特殊すぎる構造ゆえに、賛否がはっきりと分かれているのも興味深い事実。
1. 横から見た時のドアの多さに違和感
デザイン的な評価において、最も意見が分かれるのが「ドアが6枚もあることによる外観の不自然さ」です。本来、車のサイドラインは少ない線で構成される方が美しいとされる中で、クラーザは3枚のドアが並ぶため、どうしても縦の線が多くなり、視覚的に「賑やかすぎる」印象を与えてしまいます。特に、ホイールベース(前後の車輪の距離)に対してドアを3枚詰め込んでいるため、1枚あたりのドアの幅が微妙に異なり、全体のバランスが崩れていると感じる人も少なくありません。
車好きの間では「ムカデのようだ」とか「まるでリムジンの縮小版」といった、少し皮肉めいた声も。たしかに、見慣れない姿であることは間違いなく、美しさよりも「機能の追求」が露骨に出すぎてしまっている感は否めません。もしこの車が4ドアだったら、もっと流麗で美しいSUVになっていただろうという意見。
正直なところ、この違和感こそがクラーザの個性そのもの。万人に愛されるデザインを目指すのではなく、「3列目へのアクセス」という一点において一切の妥協を排した姿勢。それが結果として奇抜な見た目になったとしても、日産はそれを誇りとしていたように見えます。ただ、市販化を考えた時に、このデザインが一般層に広く受け入れられたかどうかは、また別の話。
2. 多くのドアを支える車体強度の懸念
工学的な視点から最も厳しい評価を受けているのが、ボディ剛性と安全性の問題。ドアを増やせば増やすほど、車体を構成する骨格には穴が増えることになり、全体の強度は低下します。特にクラーザのようにピラーレス構造を採用した場合、万が一の衝突時に乗員を守るための「カゴ」としての役割を果たすのが非常に難しくなります。専門家からは「この構造で現代の厳しい衝突テストをクリアするのは不可能に近い」という現実的な指摘。
走行性能への影響も無視できません。ボディの強度が足りないと、カーブを曲がる時や段差を越える時に車体が歪み、不快な振動や騒音の原因になります。クラーザを市販レベルの品質にまで高めるには、床下や屋根を鉄板でガチガチに補強しなければならず、その結果として車重が大幅に増加し、走行性能や燃費がさらに悪化するという悪循環に陥ります。
結局のところ、6枚のドアは「魔法の入り口」であると同時に、「設計上の足かせ」でもあったわけ。展示会で静止した状態で見ている分には素晴らしいアイデアですが、時速100キロで走る工業製品として完成させるには、あまりにもリスクが多すぎた。この「夢と現実の乖離」こそが、多くの人がクラーザに対して抱く、期待と不安の入り混じった複雑な評価の正体なのだと感じます。
3. 複雑な構造による製造コストの増大
最後は、非常に現実的な「お金」の話。ドアが2枚増えるということは、ドア本体だけでなく、窓ガラス、開閉メカニズム、パッキン類、そしてそれらを制御する電子機器がすべて1.5倍必要になることを意味します。さらに、観音開きという特殊なヒンジ構造や、専用のウェザーストリップ(雨漏り防止ゴム)の開発費用なども上乗せされます。これを市販価格に反映させれば、ベース車より数百万単位で高額にならざるを得ません。
当時の日産の経営状況を考えれば、これほどリスクの高いニッチなモデルに莫大な投資をするのは難しい判断だった。一部の富裕層には売れるかもしれませんが、大量生産して利益を出すモデルとしては不向き。もし売り出されていても、数年で姿を消す「珍車」扱いになっていた可能性も否定できません。
気づかされるのは、私たちが「便利そう」と口にする一方で、その利便性を手に入れるためのコストをどこまで許容できるかという問題。クラーザは、そんな消費者の矛盾を突きつけているようにも見えます。素晴らしいアイデアだけど、自分で買うとなると二の足を踏んでしまう。そんな心理が、この車への賛否両論をより深いものにしているように思えてなりません。
もし当時売り出されたらいくらで買える車だった?
もし日産が、あの6ドアを市販化するという英断を下していたら。当時の市場価値やベース車両の価格から、クラーザがどのような価格帯で並んでいたのかを大胆に予測してみます。
当時の最高級車Q45より高額な設定
2005年当時、インフィニティのフラッグシップセダンといえば「Q45(日本名:シーマ)」でした。その価格は、アメリカ市場でおよそ5万ドルから6万ドル。当時の為替レートや日本での価値に直すと、およそ600万円から800万円クラス。しかし、クラーザはSUVというカテゴリーであり、かつベースがフルサイズのQX56であることに加え、あの特殊な6ドアと豪華な内装。これらを考慮すると、ブランド内でもダントツの最高級モデルとして君臨していたのは間違いありません。
QX56の当時の価格が5万ドル程度だったことを踏まえると、クラーザはその特別仕様として、さらに2万ドル以上のプレミアムが乗せられていたはず。つまり、インフィニティのどのモデルよりも高価で、限られた成功者だけが手にできる「走る宮殿」のような位置付け。
実際のところ、日産ブランド全体で見ても、GT-R(当時はまだR35の直前)に匹敵するか、あるいはそれ以上の「ブランドの顔」としての値付けがされていたはず。単なる移動手段としてのSUVではなく、日産の技術力を誇示するための旗艦。そう考えると、当時の庶民が気軽に手を出せるような価格では到底なかった。
日本円で1,000万円を超える超高級車
具体的に日本円に換算すると、当時の相場観でも最低で1,000万円、装備を充実させれば1,200万円から1,500万円クラスになっていた。20年前の1,000万円は、現在の感覚で言えば2,000万円に近い重みがあります。レクサス・LXやレンジローバーといった、世界の名だたるラグジュアリーSUVと真っ向から勝負する価格帯。あの6枚のドアを手に入れるための対価は、並大抵の金額ではなかった。
| 予想される価格帯 | 理由 |
| 1,000万円 〜 1,500万円 | 開発コスト、特殊パーツ、V8エンジン、ブランド料 |
もし日本に正規導入されていたら、高級ホテルや料亭の玄関に横付けされるような、特別な一台になっていた。維持費を考えても、V8エンジンのガソリン代や24インチタイヤの交換費用、そして特殊なドアのメンテナンス代などを考えれば、年間の維持コストだけで軽自動車が一台買えるレベルに達していたかもしれません。
正直、これほど高額な車を維持できる人はごく一部。だからこそ、クラーザは市販されず、コンセプトカーという永遠の美しさの中で生き続ける道を選んだのかもしれません。高嶺の花だからこそ、私たちは20年経った今でも「もし買えたら」と夢を見ることができる。現実に売り出されて、値落ちして中古車としてボロボロになったクラーザを見なくて済んだのは、ある意味で幸せなことなのかもしれません。
クラーザのように3列目が快適な現行モデル3選
クラーザを直接買うことはできませんが、その「3列目も特等席」という思想を現在進行形で体現している車たちは存在します。今、クラーザに求めていた利便性を手に入れるための現実的な選択肢を紹介。
1. 3列目が豪華なアルファード
日本国内において、クラーザが目指した「全席ラグジュアリー」を最も高いレベルで実現しているのは、やはりトヨタのアルファード(およびヴェルファイア)。ドアは6枚ではありませんが、電動スライドドアによって3列目へのアクセス性はクラーザ以上に優れています。特にエグゼクティブラウンジ仕様などの3列目シートは、もはやSUVの予備席とは比較にならないほどの快適さと装備を誇ります。
SUVの形にこだわらないのであれば、アルファードこそがクラーザの精神的な後継車と言えるかもしれません。内装の質感、モニターのサイズ、そして乗員全員がリラックスできる空間作り。クラーザがコンセプトで描いた夢を、最も現実的な形で、かつ高い信頼性とともに提供している一台。
実際のところ、今の日本で「クラーザのような体験」をしたいなら、アルファードを選ぶのが一番の近道。SUVの武骨さはありませんが、あの「3列目への敬意」はアルファードの中に息づいています。
2. 北米で売られている現行のQX80
クラーザの正統な末裔と呼べるのが、インフィニティの現行フラッグシップSUV「QX80」です。クラーザのベースとなった系譜を継ぐこの車は、6ドアこそ採用していませんが、巨大なボディを活かした余裕の3列目空間と、最高級のレザー内装を備えています。最新モデルではデジタル化が進み、クラーザが天井モニターで目指した「全席エンターテインメント」を、より洗練された形で実現。
日本で手に入れるには並行輸入というハードルがありますが、あのV8の鼓動(最新型はダウンサイジングされましたが)と、圧倒的な存在感はクラーザそのもの。クラーザの面影を追いかけるなら、これ以上の選択肢はありません。
気づかされるのは、日産がクラーザという実験を経て、いかにしてQX80を完成させていったか。6ドアという過激なアイデアは消えましたが、その分、車としての完成度や耐久性は極限まで高められています。本物のインフィニティSUVを求めるなら、一度はその巨体に触れてみる価値があります。
3. スライドドアで解決した最新のSUV
最近では、SUVでありながら後部ドアにスライドドアを採用したり、あるいはドアの開口角度を限りなく90度まで広げたりすることで、3列目へのアクセスを改善したモデルも増えています。例えば、海外市場向けのホンダ・オデッセイ(北米仕様)などは、SUVに近い力強いデザインとスライドドアの利便性を高次元で融合させています。
クラーザがドアの「枚数」で解決しようとした問題を、現代の車たちはドアの「動かし方」で解決。6ドアという複雑な構造を選ばずとも、最新の工学技術はクラーザに近い利便性を、より安全に、より安価に提供できるようになっています。
正直なところ、6ドアというロマンには敵いませんが、実用性を考えれば現代の工夫に軍配が上がります。それでも、私たちがクラーザを忘れられないのは、効率だけでは測れない「圧倒的なインパクト」を求めているからなのかもしれません。
よくある質問
インフィニティ・クラーザについて、多くの人が抱く素朴な疑問や、気になって夜も眠れないようなポイント。
この車が日産ブランドで発売される可能性は?
残念ながら、現在の状況でこのまま市販化される可能性はゼロです。日産は現在、EV化や自動運転にリソースを集中させており、V8エンジンを積んだ6ドアSUVという極めてニッチな市場に今さら参入する理由はどこにもありません。もし復活するとしたら、全く新しい「EV時代のラグジュアリー・ピープルムーバー」として、そのコンセプトだけが受け継がれる形になるでしょう。
3列目専用ドアがある車は他に存在する?
量産車で「すべての列に専用ドアがある6ドアSUV」は、私の知る限り一台も存在しません。リムジンのような特注車両や、霊柩車のような特殊車両を除けば、クラーザのアイデアは今なお唯一無二のものです。それほどまでに、このパッケージングは挑戦的で、同時にハードルの高いものだったと言えます。
なぜ日産はこんな奇抜な車を作ったのか?
当時のインフィニティは、レクサスや欧州の高級ブランドに対して、より個性的で、より進歩的なブランドイメージを確立しようとしていました。クラーザは、その「攻めの姿勢」を世界に示すための看板。結果として市販には至りませんでしたが、世界中のメディアに「インフィニティには凄いアイデアがある」と知らしめた宣伝効果は、計り知れないものがありました。
まとめ:インフィニティ・クラーザは市販化されないからこそ価値がある
インフィニティ・クラーザは2005年に発表されたコンセプトカーであり、現在に至るまで市販化された事実は一度もありません。日本国内での購入や公道走行は不可能であり、6ドアという特殊なパッケージングも現在の安全基準や製造コストの観点から現実的ではないと言えます。
多人数乗車における利便性を求めるのであれば、現行のインフィニティ・QX80や国内の大型ミニバンを代替案とするのが現実的な判断です。展示用車両としての価値と、実際に所有できる市販車としてのスペックを切り分けて考えるのが、この車に関する情報の正確な捉え方となります。


